家庭でできる口腔筋機能療法1 (乳幼児編)
哺乳.食事.おしゃべりが苦手なお子様のために
副院長 吉村 裕美子
口腔周囲筋の不調和が存在すると咀嚼、飲み込み、発音など、口腔の持つ基本的機能に問題が生じます。口腔筋機能療法は、口腔周囲筋の弛緩や異常緊張を取り除くとともに正しいバランスを作りだし、またそれを維持することを目的とした治療法です。
口腔筋機能療法は、主に学童期以上の患者さんに対して小児歯科、矯正歯科の診療室内で、歯科衛生士などによつて実施されています。
しかしダウン症のように、先天的に全身の筋力が弱く、口腔周囲筋の不調和が認められる場合、学童期以前の乳幼児期から行うべきではないかと、考えられます。これにより、哺乳、摂食、発音などの機能に、良い影響がもたらされるからです。本来は物事をよく理解できる学童期以上の治療法を、乳幼児用に家庭で簡単にできるよう、私なりにアレンジしたもので、内容はとても簡単です。イメージとしては、「顔のマッサージと体操」というところでしょう。
1) ファーストステップ
(A) 準備エクササイズ=触れられることに慣れる
口腔周囲筋の機能に不調和がある場合、感覚障害のため顔面や口の中に触れると、口唇や頬を緊張させて、いやがることがあります。これを取るために、準備エクササイズをします。
行う時のスタイルは、上図のように子供を仰向けにして膝の上にのせるか、大人の人手があるときは、一人がだっこもう一人が術者になるのも良いと思います。
子供の顔をゆっくりと、愛情を込めて手のひらや指で包み込むようにマッサージします。
まず肩をもむ要領で両肩に手をあてます->指先で首筋をなぞるようにして上に移動し顎の下に手をあてます->顎の下を後ろに移動して後頭部に手をあてます->今度は一度手を離してほっぺにあてます->ほっぺから耳の上側頭部に手のひらを移動します->ふたたび手を離して指先で瞼を押さえ->頭頂部に移動します->最後に唇を人差し指と中指の腹でおさえておしまいです。ちょっと見ずらい図になっていますが上右図を参照して下さい。オレンジで塗った部分では、軽く押さえるようにして下さい。歌など歌いながらくつろいだ雰囲気で行って下さい。
(B) 口唇のエクササイズ
口唇力が弱いと上図のように上唇ははね上がり、下唇は垂れ下がった外見を示します。口元を引き締めるために次のエクササイズをします。
1) 口唇をつまんでもみほぐす
2) 人差し指の腹を使って上口唇をなぞるように押しながらのばす
3) 人差し指の腹を使って下口唇をなぞるように押しながらのばす
4) 上下唇をいっしょにつまんでのばす
5) 口の中に人差し指をいれてほっぺたを外側へ押す
口がいつも開いていると、口呼吸のくせがついてしまいます。口呼吸は、不正咬合の原因にもなりますし、風邪などの上気道感染を起こしやすくします。口呼吸をさせないためには、口唇力をつけるとともに、鼻で息ができる状態を保つことが必要です。すなわち、鼻くそや鼻汁をこまめに取ってあげなくては、なりません。鼻くそは、綿棒で容易にとれますが鼻汁がたまりやすい場合は、家庭用鼻汁吸引機(耳鼻科に相談して下さい。薬局で売っている鼻吸いはあまり役に立ちません)を使うと良いと思います。
(C) 舌のエクササイズ
口の中に小さめのスプーン(プラスチック 製が良いと思う)を入れて舌の中央や側面を押します。
慣れてきたら、歯磨きの後など歯ブラシを使い、歯ブラシの毛で舌の中央や側面を押すのも良いでしょう
2) セカンドステップ
ファーストステップに慣れてきたら、また、大人とのやりとり遊びが出来るようになったらファーストステップにセカンドステップを加えてみましょう。
A) スプレーを使って水を飲み込むエクササイズ
スプレーは下図のように、直線と、広角に切り替えができる物を使います。
まず口を開けさせます。(下顎をつまんで下へ下げる または 口の中の下の前歯部分をおしさげる )口が開いたら片手を顎の下にあてておきます。次に直線スプレーで水を舌中央にかけます。それと同時に顎の下においた手を押し上げ口をぴったりと閉じて水を飲み込ませます。一人でうまくできないときは、誰かに手伝ってもらいましょう。
どうしても舌を出してしまう場合は、舌を口の中へ押し込む動作を加えてみましょう。
(B) 鏡を使ったエクササイズ
大人と子供の顔がいっしょに写る大きな鏡を使います。
まず二人で鏡に顔をうつします。大人は、大きく口を開けたり、閉じたり、唇をすぼめたり、イーッと横に引いたり、ワハハハと笑ったり、エーンエーンと泣いたり、ブーと唇をならしたり、いろいろな顔をして見せてあげます。はじめは、見せるだけで十分です。真剣に見ているようならしめたもの、やがて自分でもまねをしだすでしょう。
(C) スプレーや鏡を使った遊び
スプレーを広角にして顔に吹きかけ、顔にかかった水をピタピタピタとかるくたたきます。子供は、いやがると思いますがいやがっても楽しそうならOK。恐怖を感じているようならスプレーは使わず手に水をつけてピタピタピタだけにします。顔面の感覚を育てるとても良い遊びです。
鏡を見ながら下図のように手を使って面白い顔遊びをしてみましょう。これならだれでもできますね。
(面白い顔遊び..の例として「でこやまでこちゃん」をupしました)
口腔筋機能療法は、美容体操と同じで毎日続けることによって少しずつ効果が現れてきます。
すべてを通して楽しくできるよう、歌をうたったり、かけ声を工夫して行って下さい。
参考文献
「口腔筋機能療法の実際」 高橋 未哉子著
「発音を育てる」 柚木 馥・伊藤 静代編著
「食べる機能を促す食事」 向井 美恵編著
「実践障害児教育1996.11月号P32 鼻がうまくかめない子 その指導法は? 工藤 典代」 学習研究社
ダウン症児の母親として一言
口腔筋の機能は、普通はおっぱいを飲んだり、食事をすることによって自然に育っていくものだと思います。しかし、ダウン症児はそのほとんどがオッパイを飲む段階ですでにつまづいてしまいます。飲む力が弱く、穴の大きな軟らかい乳首でやっと飲めるという赤ちゃんが多いのではないでしょうか、穴の小さな硬い乳首を使えば口腔筋は、確かに鍛えられます。でもそんなこととても恐ろしくてできません。だってミルクを飲む一番の目的は生命を維持し、体を成長させるということなのですから、、。食事にしたって同じこと、1歳を過ぎないと歯がはえてこないのですからみんなと同じように離乳食を進められないのはあたりまえです。今回ご紹介した口腔筋機能療法は、ステップ1は、新生児からできるような簡単なものです。遊びで口腔筋を育てるものなので、気楽に親子で楽しみながらやってみてください。
(写真は友里1歳10ヶ月時)
お母さんが歯医者さんなら、さぞかし口腔筋機能は、良い発達をしているのだろうと思われるでしょうが、紺屋の白袴、歯医者の虫歯とはよく言ったもので、全然たいしたことありません。舌がペロッと出ていることが多く、悩みの種です。それでも最近少し言葉が通じるようになってきて、寝起きのぼけ顔は、写真左のごとくですが、「友里ちゃん、お口閉じていいお顔、んーっ(母が口を押さえる)」というと、右写真のようなきりりとした良いお顔ができるようになりました。また表情が豊かなこともちょっと自慢です。(親ばかですね)
1996年11月 吉村 裕美子
口腔筋機能療法(M.F.T.)は、今回乳幼児編だったので、次回は、その続きとして「幼児編」を予定しています。乳幼児では、そのほとんどが大人の手によって筋肉を動かれているだけでしたが、幼児では、一歩進んで自分で動かす方法です。ただまだ理解力が低いので、遊びや日常生活の中で無理なく行える方法をご紹介します。
長年札幌医科大学付属病院口腔外科の言語治療士して活躍されていた伊藤 静代先生が、インターネットで簡単な口腔筋機能療法を紹介するという私の考えに賛同してくださり、次回から協力を得られることになりました。