古塚先生から

1997.1.6


北海道大学教育学部特殊教育講座の助教授である古塚孝先生から論文が届きました。古塚先生は、障害児教育、発達心理の専門家であるとともに、二十歳になるダウン症のお嬢さんの父親でもあります。 

障害児を授かった親がショックから立ち直り、親子がお互いに人生を楽しんで生きていくためにはどうしたらよいのか、周囲の人々はどのように援助したらよいのかを、実際の事例をもとに書かれた論文です。


親子相互作用の整備改善のための親への援助

古塚 孝

1. 親子関係の改善のための基本的視点
            
2. 子育ての具体的援助について

(1) 原因探しよりも成功養育体験の積み重ねを選択しよう
(2) 「私が育てなければ」という決心をする
(3) 子ども表象の作り替えを
(4) 貧困環境から豊富環境へ
(5) ものへの興味から始めよう
(6) 随伴性学習システムについて
(7) 一緒 に遊ぶと楽しいと思わせる働きかけを(ものからひとへ)
(8) 課題設定(親が裏の主役になる)
(9) 人の指示に従うことができる、親の指示より注意すべき刺激属性を変更できる.
(10) 社会化(公園デビュー、デパートへ毎日行こう)
(11) 見通しを立てよう(長期見通し、短期見通し)
  
暖かくてとってもユニークな人、古塚先生宛のメールはこちら
この論文の感想や育児の悩みなどをおよせください

1.親子関係の改善のための基本的視点

妊娠が分かった時から人は親になるための努力を始めます.通常は、自分に似た子
供が生まれ、親が考える理想的な人生を歩む姿をあれこれ想像し、その実現のための
どんな努力もいとわないと決心します.妊娠初期には理想の赤ちゃん表象を作り上げ
、後期には「5体が満足だったらそれで十分」と少し弱気になって出産を待ちます.
いづれにしても誕生までには、想像上の子ども表象は一貫性と精緻な構造を持つよう
になります.人は、自分の作った子ども表象を当然の前提として、行動し、出産後の
予定をあれこれ考えるものです.

 <事例1> Mさんは、夫が医者なので男の子を願い妊娠しました.そして出産直
後、障害告知を受けたとき、「頭の中が真っ白になった、どうしようという言葉だけ
が反響し続けた.私だけがどうしてこんな事に、夫は何と言うだろう、申し訳ない、
この子を育てても甲斐が無い、思い描いてきた夢は破れた、この子の将来はどうなる
のだろう、私の仕事も辞めなければ、でも辞めたくない、私の人生はどうなるのだろ
う」等が心の中を駆けめぐったと報告します.そして数カ月、鬱状態に陥ったそうで
す.

 ガン告知と同じく、初めは否定し、次に逃れようもないと絶望し、現実を認めるこ
とに抵抗しながらも、遂には受け入れという経過をたどります.援助者は当面なす術
がありません、ただ共感的につき添うしかないものです.この「つき添うこと」が非
常に重要です.一緒に悩み、一緒に解決をめざすという姿勢で、援助者が一緒に居る
ことが、人を落ちつかせるのです.残念ながら日本においては、障害告知と同時に援
助者が動き出す支援システムは十分には成立していません.それゆえ、親はある程度
の整理と心の落ちつきを得てから、援助者の前に現れます.相談にあたって援助者は
親がどのように整理をつけたのかを考慮しながら相談を受けることが重要です.
 一般的に言うと、障害児を持った悩みは(1)自分自身の悩み、つまりこれまで自
分が築いてきたアイデンティティ(自己有能感・自己信頼)が崩壊する恐怖(2)親
としての悩み、子どもに幸せが望めない、どうすれば良いのだろうという不安に分類
できます.またそれらは個人としての悩みにとどまらないで、社会的、(家族親族、
地域、仕事社会など)空間的な広がりと人生の過去・現在・未来という時間的な広が
りを持っています.
 この複合体としての悩みを解きほぐし、過剰な思いこみのみを取ることから親援助
を始めます.「この子のためにできるだけのことをしよう」を指針としてまず養育に
とりかかる方が良いのですが、「親自身の悩みをまず先に解決してから」という方略
を最初に採用する親がいます.この方略は月齢6カ月以内に解決できれば問題は無い
のですが、子どもは解決まで待ってくれません.子どもは養育・介護が無ければ生き
ていけない存在なのですから.
.他の一般的な人生上の悩みと同じく、この悩みは形は変えながら一生続くものであ
り、かつ他者・社会との関係で生じているものですから、短期間に解決しようと考え
ても不可能なのです.結局、イライラや攻撃ばかりが生じ鬱にもなります.
 障害告知されたとき、親子心中を考えたことは誰でも一度はあるものです.この考
えを断ち切り、生きようと思えるようになる為には何が必要なのでしょうか? 人が
未来を自明なこととして考えられるのは自己の生命の永遠性を、自己の一貫性を信じ
られるからであります。自分が生きてきた過去を「これしかなかった、これで良かっ
た」と、夫との結婚もこの子の誕生も含めて全てを肯定した時、悩みを見据えながら
未来を考え始めるのであります。まず最初に「こんなことで自分の人生がダメになる
とは思えない」と子どものより良き未来のために挑戦し続けることが重要なのです.
養育に必死になり子どもの幸せを考え続ける方がそして子どものために必死になる方
が、家族と社会からの非難と自分の人生と生活の崩壊に怯えながら自分のことを考え
るより良いといえます.ナルシズム(自己愛)は袋小路ですが、利他・愛他主義は幸
せを呼ぶのであります. また、自己(性格)改造のみで、悩みを改善しようとする
ことは不安を拡大させますが、他者の為に、子どものために悩みを取り去ろうとする
努力は不安をしずめるものです.親が人生をハッピーと思わなければ、子どもはハッ
ピーになれないものです.2人は同じ舟にのっているのですから.
 この時期の援助は母親が養育に専念できる支援体制を作ることが目標となります.
夫の支援(一緒に悩み、家族の防波堤)が得られることがベストです.祖父母・兄弟
・ボランティアの養育援助も求め、母親が自由になれる時間、考えることができる時
間を少しでも作ること、また引け目を感じて家に閉じこもっていないで、種々の人と
の出会いを大切と思える心根が維持される援助が必要です.また、援助者は社会に開
かれた養育環境を維持するためのあらゆる援助を考えることも大事です.子どもは社
会の中で普通に生きることができるようにするのが養育なのですから.

2. 子育ての具体的援助について

(1)原因探しよりも成功養育体験の積み重ねを選択しよう

 現実を受け入れた親たちには原因を知りたいという要求が非常に強くなり情報探し
を始めます.原因は、医学的(遺伝・薬物、周産期障害)、心理学的(愛着)、社会
経済的(貧乏)など多岐にわたりますが、このような一般的原因を探すことは、発達
を促進する具体的方策を考えることとはつながらないものです。そもそも原因を特定
することが困難な場合が多く、原因が解っても取り返しはつかないことが多いのです
.例えば、Fさんは20年前、「ダウン氏症の原因は染色体異常です.今の医学レベ
ルでは治療できません」と告知されました.今ではこんな告知はなくなりましたが、
原因探しの基本的問題点はそのままだと思います.
 人は原因に合わないことは無視し、合うことのみを報告するのが普通です。事実を
事実として、評価を含まない報告はできないものです.とりわけ、自分が親として何
を試みたかは殆ど報告できないものです.いつどこで、どんな風に、子どもは行動し
たか、その後、その行動はどの様な変化をもたらしたのか.その時の親の働きかけは
何だったか等など行動レベルでの報告が重要となります.そのためには、「私たちは
原因探しをしているのではない、どう育てるかの具体策を考えるのです」とはっきり
述べ、どんな情報を必要としているかを親に具体的に示す必要があります.言語、運
動、社会性、身辺自立度、母子関係という項目でその子の年齢に該当する健常児のデ
ータを具体的に話すことです.また、早い子の具体例、一番遅い子の具体例で示し誤
解のないようにします.相談場面ではどんな話題を、どんなレベルで話をすれば良い
のかを親に分かってもらうことが重要で、それが分かると親は安心して話すようにな
ります.
 そして遅れを取り戻す具体的な方策・働きかけを一緒に考える中で、母親は、自分
にもできる働きかけが多くあること、これまで自己流でやってきたことは間違いでは
なかったと思い、手をこまねいている状態から脱し、次の発達課題を見つけることが
できるし、しなければならないことが山ほどあることに気づくようになります.

(2)「私が育てなければ」という決心をする

 最近まで、「発達が促進されないのは親の養育態度が悪い、親のパーソナリティが
養育に影響する」という家族病理説が幅を利かせていました.この考えを突き詰める
と、親の養育には問題があるので、障害児は専門家に任せるのがベストだという結論
になります.理想の専門家探しに何年も費やし、愛着を始めとして多くの発達課題の
感受性期を逸してしまう親もいます.仮に理想的な専門家が見つかったとしても、彼
らは一生その子と一緒に生活できないのですから、子どもは一緒に人生を歩んでくれ
るたった一人の人(愛着対象)を、「今すぐ」助けてくれる自分だけの特定の人を求
めているのですから、親の肩代わりは不可能です.子どもの理解は「一緒にいる」こ
とが長ければ長いほど促進されます.また、週1時間の専門家よりも24時間一緒にい
る親の方が、良い悪いに関わり無く、より大きな影響力を持っています.それ故、「
私が育てる」と決心をし、「子育ての主役は私で、援助者は脇役にすぎない」と考え
るられる親になることが重要です.援助者も親の養育困難に対して正義をふりかざす
ことはせず、脇役に徹することが子どもの幸せにつながることを銘記すべきです.

<事例2>.Jさんの子は多動で、言葉の遅れがありました.いつも夫と一緒に来ら
れ、沈黙しがちでした.彼女はいつも夫を前に出そうとしていました.また、子ども
が近づく気配だけで避ける傾向がありました.私たちにはそれが何故なのかは当時は
分かりませんでした.しかし週1回のセラピーで徐々に援助者に対する反応性が上が
り子どもに笑い顔さえ見れるようになった時、Jさんは話し始めました.「先生、こ
の子がこんな風になったのは私たちに原因と責任があるのと思っていました.という
のは、この子が2才の時、嫁姑問題で夫と喧嘩して、私は家を一人で出たのです.1
カ月悩んで、子どものためと思って帰ってきました.この後、この子は変わってしま
いました.この事が原因で自閉的になったと信じこんでいました」 Jさんは子ども
に対する罪悪感に悩んでいたのです.

 Jさんは、子どもが母を恨んでいることが自閉の原因と思いこんだのです.だから
恨まれていない夫が子育てをしてくれれば何とかなると思ったのです.「遊べない、
寄ってこない」を、自分のせいだと思うとすれば、自分が害を与えていることになり
、自己否定・無力感を感じ、居ない方がましだとするのは当然のことと言えます.こ
うなると一緒にいることさえも苦痛になり子どもと楽しい時間を過ごす気持ちも無く
なります.結婚は解消できるかもしれませんが、親という仕事は、辞めることも逃げ
出すこともできないのです.「この子を生んだ私が、逃げないでこの子を育てる」と
いう決心ができて初めて親子関係が始まると言っても良いと思います.

(3)子ども表象の作り替えを
「気持ちを通じたい、愛着したい」の前に、親子で楽しい時間を少しでも長くする

 さて、具体的に何をするかという段階です.「親子の絆、愛着を作り上げることが
子育ての最初の一歩」ではありません.親子共に楽しい時間を持つことができること
が第一歩なのです.気持ちが通じなくても、楽しい時間は持てるものです.つかの間
の楽しい時間であっても親子一緒にそんな時間を持てたことを喜ぶ気持ちを維持する
ことです.

<事例3> Aさんの子は約500gの未熟児で生まれました.約1年間赤ちゃんは保育
器の中で過ごし、母乳を病院に届けるだけの毎日でした.3才になって相談に来られ
たお母さんの訴えは、「この子にどんなつき合いをしたら良いかを判断することが出
来ない」というものでした.「私は子どもがどんな要求をしているのかが分からない
、この子の看護婦さんだと分かるのに私は分からない、これは子どもへの愛着が成立
していないことが原因だと思います.だからまず最初にこの子を好きにならなければ
ならない、でもどうすれば良いのだろうか?」と自問自答を繰り返し、困ってしまっ
て相談に来られました.

 他者との相互作用は、一般に、相手の気持ち、考え、意図を読みとれる能力と、そ
れらを伝えるためのコミュニケーション能力を双方共に持っていることを前提としま
す.そして、相互作用の中で蓄積された多くの経験をまとめあげ、抽象化して、相手
の表象を作り上げます.この表象が判断基準となって相手の意図を読み、コミュニケ
ーションすると人は信じています.事実、私たちは相手と会話した文そのものを機械
的に記憶しているのでは無く、相手の伝達意図を記憶しているのです.親は乳児段階
においてさえもこの前提を子どもが持っていると信じています、前提を持っていない
事実を突きつけられても、「もうすぐ持てるようになる」と信じています.障害児の
親もこの信念を持ち続けることが重要です.その維持の為に親は赤ちゃん表象を作り
上げます.
 「この子は何も理解できない、こちらの気持ちが通じない」という子ども表象をも
った親は、報酬と充実感の無い生活と意味づけて、発達促進のために働きかける意欲
も失っています.しかし、じっくりと一緒に事実を掘り起こしてみると、案外多くの
成功体験を持っていることに親は驚くものです.この事実取り込んで子ども表象を膨
らますのです.健常児の場合、出産前理想化しすぎた子ども表象でも少しの修正で維
持され続けます.「こんな泣き方はお腹が空いていて、こんな泣き方だとおむつ」と
いう段階から、もっと一般化した「この子は育てやすい、育てにくい」「相性の良い
子、悪い子」「すぐいらだつ子、落ち込む子」という表象に変わっていきます. 障
害児の場合、出産前に作り上げた子ども表象を親は障害の前では、意味をなさないと
捨て去ってしまいます.子ども表象がゼロ・真空になるということは、子どもに対し
て何を働きかけるかを考えても見当がつかず途方に暮れることを意味します.生命の
維持に関するケアはかろうじてなされるとしても、人間になっていく、社会の一員と
して生きていく為の養育はおろそかになってしまいます.できるだけ多くの障害に関
する情報を集め、現実的な子ども表象を急いで作り直さねばなりません.援助者はこ
の手伝いをするのです.本も重要な情報源ですが、親の会への参加、わが子と同じ障
害を持つ子どもに出会うことも重要な情報です.そして「障害はあってもあんな子ど
もに育ってくれたら」という様な達成可能な目標・将来像を作り上げることで現実的
な子ども表象の形成を促すのです.人は目標を設定できさえすれば努力を始めること
ができます.
現状では、目標設定するに十分な事実がまだ不足しています.私は障害児と健常児と
は相違点よりも類似点の方が圧倒的に多いと親に提案します.あまりに相違点に囚わ
れすぎると、子どもは異星人となり一緒に居ることも不安になります.自分と共通点
の多い同じ種類の人間として育てることを提案します.子どもの中に自分との共通点
を発見すること、自分と似ていると思えることが子育ての楽しみ・醍醐味なのです.
この反復が親の自信・自己有効感を作り、結果として子どもへの愛着できるのだと考
えます.愛着(母性本能)が初めにあって、その結果、子育てがうまくやれるという
ことは無いと思います.ですから「甘やかすなどして、あなたの献身的愛を子どもに
そそぐ」よりも、子どものできることを増やす努力の方が大事だと考えます.援助者
は当面「これができた、それもできた」と評価し続けることです.援助者が、発達心
理学の知識を基にして、積極的に成功と評価することが重要です.ところで、子育て
がうまくいっていないからという理由で援助者が一般論で理想的献身的な母性本能に
よる母子関係を提案することは危険です.なぜなら、日本では、母性を強調すると、
親はただ子どもの言うとおりに従おうとして、結局、甘やかすことだけになり、社会
の一員になるための養育を放棄しかねないからです.

 (4)貧困環境から豊富環境へ 
「気長に教えればこの子は学習することができる」と親の意識を変えること

 この子は私が全部してやらなければならないと思いこみ、3歳になっても、子ども
を追いかけて口に食べ物を放り込む、着せ替え人形の様に全面介助する、外へ出ると
いつもダッコしている等あまりにも過小な期待しか持てないと信じている親がいるも
のです.逆に、現在の子どもの発達レベルよりも過大な要求をして「出来ない、出来
ない」と悩む親もいます.どちらも子どもの学習能力を信じ切れない悩みに陥ってい
るといえます.

<事例4> Yちゃんは2才の時、重度の精神遅滞をもつ自閉症という診断で相談室
へ来ました.数回のセラピーでは、Yちゃんは只部屋の中を歩き回り「アーーアーー
」といつも声を出し玩具にも興味を示しませんでした.そして泣き出すと決まって母
親は「便秘だから」といって、セラピー中でも、おむつをとりウンチさせようと努力
していました.何か他の要求もあると考えないようでした.母親はまるで人形を扱う
ようにおむつをとり服を脱がせ、また、おむつをつけ、服を着せました.母親はまる
で「この子は何も出来ない、言っても分からない、学習不可能である」と信じている
ようでした.それゆえ、数回のセラピーは、この子は色々な要求を持っているとして
要求を推論し要求を満足させる援助をおこない、それがうまく当たると子どもは喜ぶ
ことを母親に見せることを目標にしました.シャボン玉に興味を示し、徐々にシャボ
ン玉を作れと要求が出るようになって初めて母親は「この子がものに興味を示すこと
ができる、種々の要求をもっている」ということに納得したのです.

 障害児は食事・睡眠異常、感染症等命の危うい状態が長期間続き、母親が睡眠不足
などで疲労困憊した場合が多いのです.人が他人に優しくなれるのは身体が健康で心
が安定しているときというのは真実で、疲労困憊はイライラと攻撃と鬱を作るもので
す(ある親は、この様な時期、自分は虐待をしているという罪悪感をもっていたと報
告しました).Yちゃんもテンカンと便秘でいつも機嫌が悪かったのです.ウンチが
出たときのみ落ちつくということしか親は発見できなかったようです.セラピーの中
で玩具などものに対する興味・関心が既にあること、子どもは学習可能であると決断
できたYの母親は一緒に遊ぶなど働きかけを強める様になりました.一旦、「何も分
からない、学習できない」という子ども表象を持ってしまうと、3才になっても食事
・着替え場面でさえ人間的な相互作用をしようとしなくなります.そして遂にはもの
を取り上げてしまいます.例えば、K君はタンスの引き出しを開けることが出来るよ
うになると親がガムテープでタンスを封印をしてしまいました.テレビのスイッチに
興味を示すとテレビは居間から無くなり、積み木は投げてガラス戸を壊したのでタン
スの上におかれてしまいました.貧困環境、刺激剥奪という状況に知らず知らずのう
ちに陥ってしまいます.環境刺激を少なくするという方策は問題行動(自慰、指しゃ
ぶり、常同行動)を増やす結果しか得られません.私はむしろ子どもが困ることをす
る場面は親子の関わりが成立する重要場面であり、そこで親ががんばることを提案し
ます.そして普通の生活を普通に行う努力を今すぐ始めるべきです.この子は掃除機
の音に恐怖するのでと言って昼寝の時に掃除するよりも、掃除機を使っても泣かない
子にする努力の方が、子どもの食事を母子で先に終わらせるよりも、食事は家族全員
で行う方が有意味です.普通の子どもが経験する事柄をもっと豊富に与える、生活年
齢相応の体験を試みること(動物園に何度も連れて行く、母親が買い物好きならデパ
ートへ買い物に)が大事です.興味を示さない場合でも、ただ見るだけで案外知覚表
象は獲得されていくものです.知覚表象ができあがった後に、興味を示すようになる
のです.興味を示すまで繰り返す姿勢が必要です.障害児は「その気になる、目標設
定」にも時間と回数がかかるので諦めない勇気挑戦し続ける勇気が必要です。
私たちはセラピー室の隅でセラピーを観察してもらっています.観察することによっ
て親は子どもが家とは違う行動をすること、思いもかけないものに興味を示すこと、
課題をやり遂げることができることに注目し、家でもやってみようと決心できるよう
です.

(5)ものへの興味から始めよう

 障害児は「一度生じた出来事は、何度も繰り返し生じる」ということに執着します
.我々にとってはこの確信は自明のことで繰り返す必要も無いことですが、彼らにと
ってはこの確信をも学習しなければならないようにみえます.この確信が無い場合、
大好きな人も家も地下鉄も、いつ消滅するか分からないとしたら人間は恐怖に駆られ
ることは当然です.子どもは見慣れたものに囲まれていると落ちつくことができます
が新しい新奇な場面では不安をしめします.遊んでいたミニカーがものの陰に隠れる
と、永遠に世界から消滅してしまうと思うなら、ミニカーについての種々の事柄を記
憶する気にも学習する気にもならないでしょう.臨床心理学の領域では、世界が安定
して永遠に存在することに確信が持てなくなった症状を離人症状と定義しそれが恐怖
をもたらすとしています.Frithも「断片化された世界」という章で自閉症者がこの
確信が持っていないと言及しています.Frithはこの確信の弱さが自閉症の一時的症
状である「同一性の保持」をもたらすと考察しています.実は健常児も1歳までは同
様の断片化された世界に住んでいるようです.「世界は記憶・学習するに値する程の
法則性を持っている」ことを子どもに理解させるには何をすれば良いのでしょうか?
 答えは明瞭です.子どもが喜ぶ限りいつも同じ反応を返すことです.子どもはいつ
も同じ反応が返ってくることを確認する為に無限ともいえる反復を好むことをpiaget
は第1次循環反応という用語で記述しています.循環反応を行う中で子どもは世界の
法則性に気づくのです.未だ言語、表象を十分獲得していない子どもは、個別的なも
のに規則性を発見するにすぎません.つまり世界は断片化したままに獲得されるので
す.
 障害児は規則性を確信するのにより多くの反復を必要とします.規則性を繰り返し
確認している子どもに対して、いつも同じ反応を律儀に返すことは障害児の親にとっ
ては非常に辛い様です.「何度教えてもおぼえない、分かり切ったことを、こっちが
嫌になるほど、何度も繰り返す、飽きることが無いみたい」などと親は訴えます.親
のこの悩みはもう既に学習が成立したのに飽きずに繰り返すことが理解できないから
です.大人と子どもは学習システムが相違すると考えれば、誤解による争いは避けら
れます.ではどんな学習システムをこの時期の子どもは持っているのでしょうか?

(6)随伴性学習システムについて

 私達は条件づけの技法即ち行動療法が障害児に有効であることは否定できないと思
います.このことは、言語が未発達で表象機能が十分に発達していない子どもの学習
システムが随伴性システムである事を意味します.随伴性とは一体どんなことでしょ
うか?
 パブロフ流に言えば、刺激と刺激が同時的に提示されることが、スキナー流で言え
ば、自己の動作と報酬が時間的に近接して生じることが、つまり随伴性が両者の結合
(学習)を促進するのです.随伴性による学習は反復が命なのです.何度も何度も繰
り返し、刺激と刺激、動作と報酬が同時的に随伴されなければ学習は成立しないし、
記憶されないのです.ところが親の方は、現実に起こる前に、既に、表象を用いて思
考し、何が生じるか予測することができるし、結果は実際に生じる前に自明なものと
なっています.それ故、親の方が先に飽きてしまい、「もうやめなさい、分かり切っ
ていることを繰り返すのではありません」と叱ることになります.子どもは自分の行
動に対して一貫し安定した反応が繰り返し返ってくることで初めて学習できるのです
.また、親は「失敗するのに決まっているのに何故そうするの」と叱りますが、子ど
もは失敗を実際にやってみないと失敗することが分からないのです.子どもは失敗す
る権利を持っているし、親は失敗を最後まで見守る義務があるのです.
 この段階では、家庭で行う種々の養育場面(お風呂にいれる、食事、おむつ換え)
で、断片的な学習を随伴性にもとづいて行うしかありません.スプーンを口に入れる
時、「アーン」と声かけをする、風呂から出る時、いつも10まで数える等などをい
つも同じタイミングで繰り返し続けることです.反復が多くなり、子どもが学習した
ら、声かけに対応して(条件づけられて)次の行動をするようになるのです.いつも
同じ場面でいつも同じことを子どもが学習するまで、そして学習した後も、反復し続
けることの重要性はいくら強調しても強調しすぎることは無いと思います.
 子どもは学習が成立した瞬間に、予測通りにことが生じた瞬間に快の情動体験をし
ます.この情動表出が強烈であればあるほど親は手応えと学習したという確信を感じ
るものです.このように随伴性システムは同時に感情・情動の変動を包含しています
.親が陽性感情をより多く、陰性感情をより少なく出す環境が学習を促進することも
自明なことです.
 学習場面は感情システムの発達を促進する場面でもあります.反射的に生じていた
感情表現を意識的・随意的に行えるようにする、笑う、泣くなどの感情表現を親子が
一緒になってする、子どもの示す感情に言語を随伴させて強化する、意識化させるな
ど、このことによって初めて、感情表現は随意的になりコミュニケーションの道具と
して使用できるようになるのです.

(7) 一緒に遊ぶと楽しいと思わせる働きかけを(ものからひとへ)

 具体的には、まず、興味あるものを何とか一つ見つけます.ミニカーを並べるのが
好きな自閉的な子どもなら、ミニカー並べから入るのが良いと思います.そして、親
が子どもの一人遊びをじっくり観察することから始めます.そして、何とか手伝うこ
とを探し出すのです.そしてタイミング良く、この子が欲しいものを、例えば、ミニ
カーを手渡すのです.もし、大工の見習いが棟梁の欲しい道具をタイミング良く手渡
せるように、親が子供の一人遊びを手伝える様になれれば、子どもにとって、親は必
要なもの、居なくてはこまるものになることができます.自閉的なこどもなら、この
状態ではまだ、親は人ではなく道具にしかすぎないかもしれません.それでも必要欠
くべからざるものであることは確かです.次は、徐々にやり取りに持っていくことが
目標です.ものを渡すのを遅らせて「何が欲しいの」と言いながら、「要求」を示す
動作・行動を子どもにして貰うように工夫することです.「ちょうだい」の合図を教
える、目と目を合わせる、などを教えていきます.そして、親がものから人に昇格で
きるような工夫を加えていきます.随伴性学習システムが持っている唯一の外部との
交流部分は「報酬」です.発達心理学では、内発的動機づけを報酬よりも高次のもの
と位置づけていますが、自閉児など発達障害の場合には、外部から制御できる部分を
確保することが重要となります.この確保が無ければ、人類の文化遺産の伝達がなさ
れないことを意味します.つまり子どもを社会の一員とする為の役割を親は果たせな
くなり、子どもは野生児になるしか道は無くなります.
この段階で重要なことは、子どもの学習は、断片的で個別的であることです.言い換
えれば、学習が生じた文脈、状況、その時与えられた刺激に特定しています.少しで
も文脈が変われば、刺激が変わればもう違う学習が生じると考えた方が良いと言えま
す.柔軟性のある、般化可能な学習は表象が十分に蓄積された後で生じるものだから
です.今は遊びの中で親子共々楽しいという状態を追求することです.子どもはこの
様な経験を積み重ねていく内に、「お母さんと一緒に遊ぶと一人遊びの時より楽しい
」と思うようになります.そして徐々にお母さんに「どうしたらもっと楽しくなるか
教えて」「困ったから助けて、教えて」という態度が出来上がります.この態度はも
う少しで「困ったとき、母親を頼りにする」、つまり、愛着という状態なのであります.

(8) 課題設定(親が裏の主役になる)

 課題設定には、親の方に「これをやって欲しい」という目標と「この様にやる」と
いう手段とプロセスが存在します.大人はまず目標の共有をめざしますが、子どもは
まだ随伴性の段階ですから、自分の動作に報酬が与えられると強化されますが、目標
を設定することはできません.それ故、モデルを見せる(やってみせる)ことが初め
になされるべきです.そして次に、手を添えるなどして、解決し、すぐに報酬を提示
します.子どもは随伴性に基づき自己の動作と報酬を結合します.この繰り返しの中
で、子どもはあたかも目標を共有し自己の動作を手段として位置づけたかの如く課題
に取り組むようになります.残念ながら実際は随伴的反復・循環反応にすぎないので
す.成功は自分も嬉しいし、親も喜んでくれるということが学習されることが、次の
課題なのです.
 当初はワンステップで目標達成できる課題に限定し、いつも100%の成功率をあげる
ことで、子どもがその課題に熱中することが一番重要だといえます.その為にはシェ
イピング技法が有効です.解決に子どもが少しでも不安を持ったらすぐに子どもの手
をとり成功させてしまうのです.そして、「あなたがやったのだ、独力で」と賞賛す
るのです.課題が達成できたらお母さんが喜ぶ、僕も嬉しい」と子どもが思う様にな
ったら、しめたものです.この様に行動療法の技法を駆使し、課題を達成させる中で
、心の交流、共感の方へ子どもをひっぱっていくことが大事だと言えます.この時注
意しなければならないのは、課題をどんどん高度にしていくこと、プロセスを複雑に
することは必ずしも良いことでは無いという点です.むしろ子どもが自信をもってや
れる比較的容易な課題を繰り返す中で、徐々に報酬を社会的な報酬へ、すなわち、「
お母さんが喜ぶのが嬉しい」の方向へもっていくことです.そして、数回に一回、子
どもの実力の少し上の課題を努力をして解決する(親の援助・統制のもとで)課題を
ブレンドして与えます.そして「困った、助けて」状態を作り、親の必要性を認識さ
せるのです.
 加えて、随伴性で連結した2つの事象の出現に遅れを取り入れることによって、遅
れの期間、期待を維持する機構の作動を試み続けます。その反復によって、目的・手
段関係の相対的分離を目指します。言い換えれば、脳内表象を用いて考える道を歩き
始めることにもなります.そして目的が長く維持できるようになると、それは意図性
が芽生えたと言えます.次に目的達成のための手段を複数形成することです.そうす
れば、目的が今すぐ達成されなくても違う抜け道があるので、障害児はパニックを起
こすことは少なくなります.また、学習時、記憶時は覚醒・興奮レベルは適度に高く
、快など陽性の情動が高まっている時に有効に作動し、感情状態と融合して記憶され
るということも考慮すべきことなのです.

(9) 人の指示に従うことができる、親の指示により注意すべき刺激属性を変更で
きる(Social referencing)
 そして次はSocial referencingの段階です.子どもがSocial referencingするよう
になることこそが親の望みであり、かつ学習の効率を上げ、社会性の発達に不可欠な
要素です.
積木を例にとって説明します.○、△、□の積木が3個づつあります.○、△、□は
それぞれ赤、青、黄色に塗られています.この時、「赤いのをとって」「□をとって
」という課題を与えるとすると、赤い○△□を、赤と青と黄色の□が正解です.この
様に刺激の属性の一つに注意して、他の違いを抑制して選択を行うと正解です.「や
ってみせる」「目で合図する」「声かけする」などで子どもを正解に導くあらゆる工
夫をしてみます.この様な状況は日常場面で非常に良く出てきます.こんな場面で、
親の合図に従って答を見つけられる子どもになること(Social referencing)ができ
れば、親は自分が親である実感を得ることができるのです.Social referencingとは
課題解決に困ったとき、「とりあえず相手の言うことを信じて言われたとおりにやっ
てみる.良い結果が得られると相手を信じることができる」ことを意味します.それ
ゆえ、この機能が子どもに獲得されると、試行錯誤する回数が少なくて済むようにな
ります.加えて、あたかも目標の共有が親子間で成立することを促進します.
 課題に取り組むことで、Social referencingを強化し一緒に喜ぶことによって共感
能力を養うなど、愛着形成の基盤となる諸能力を鍛えることになるのです.行動療法
はパニックなど親の困る問題行動を消去すること、もしくは子どものできることを増
やす為に行いますが、ここで提案しているのは、課題を解決する努力を親子で一緒に
行うことによって、親子のやり取りを増やし、親子で共有する楽しい経験を増やし、
最終的に愛着を形成することを目的とするものと言えます.
 この様にして、多くの成功体験を親子一緒に積み重ねていくと、親子にしか分から
ない特定的な個別的なやり取りの形式(2人だけの世界)が出来上がってきます.父
親にも分からない要求の出し方でも母親だけはわかるという状況がどんどん増えてく
るのです.この段階で「2人だけの場合は、楽になったし幸せだが、他人と一緒だと
恥ずかしい思いをする」と親は言い始めます.
 近年、自閉症研究は行動療法から「心の理論」へ移行しつつあります。これは、我
々人間が心と心の通じ合いを目指す存在である、「心が通じたと思ったとき一番幸せ
」という集団性を持つ生物だからであります。つまり、現実の行動と思い・動機・心
の動きとは相対的に独立していて、結果として現れた行動結果のみでは安心できず、
心の内を知って初めて安心する動物だからと言えます。しかし、障害児においては、
心の理解を促進する諸心理機能はまだ育っておらず、その内容を符号化する表象機能
の高次化(基本的知覚表象から派生的関係表象へ)は未だ成立していません.この課
題を越えていく第1歩は言語という一般的符号を用いてのコミュニケーションに移行
させることです.これまで、親は密着度の高いことを利用した非言語コミュニケーシ
ョンを用いて子どもを支えてきました.このシステムを維持しながら新しいシステム
を作るには他者の援助を必要とするのです.

(10) 社会化(公園デビュー、デパートへ毎日行こう)
 
親子2人だけが分かるやり取りから抜け出る為には、第3者・社会の人に子育てを
手伝って貰わねばなりません.お客にきてもらったり家の外に連れ出す決心を親がす
ることは、親の世間に対する引け目を取り去る為にも有効ですし、子どもの社会化、
つまり、社会の一員としての資格があると認められるようになるのにも有効です.親
は家から子どもを連れ出すことによって、新しい発達課題を発見し努力を始めます.
例えば、「バスの中でおとなしくできる、レストランで食事ができる」などSocial s
killを身につけさせる努力を、いつも抱っこしていたのが歩かせる努力を始めます.
また、デパートの玩具売場でひっくり返って泣いているのを何とかしなければと思い
始めます.

<事例5>Gさんは「この子の生まれる前はよく夫とレストランで食事をしました.
4才になる今日まで一回も行っていません.この子を連れてレストランで食事ができ
ることが私の希望ですが、不可能だと思うので諦めた」と相談されました.私は「勇
気を持って挑戦してみたら.他人に迷惑をかけると諦めるのでは無く、みんなにこの
子の教育の手助けをしてもらうのです」と提言しました.勇気を持って行ったGさん
家族のレストラン経験の一回目は悲惨でした.子どもは家での食事と同じように、途
中から椅子をおりて歩き回りました.母親が追いかけ、捕まえ、叱るとパニックを起
こし、結局、追い出されました.2回目は、歩き始めたら、どちらかが子どもと一緒
に外で待ち、片方が食べ終わったら交替することにして無事終了しました.家で食事
の時に座らせる訓練を、本気になって、し始めました.そして、十数回の後には、子
どもと一緒にレストランで食事が可能になりました.子どもも親も日曜日にレストラ
ンに行くことが楽しみになったのです.

 子どもの方は種々の新しい経験をしますから興奮レベルが過剰に上がり、種々の問
題行動が出現します.しかし、繰り返すと徐々に慣れてきて落ちついてくるものです
.そして、他の大人が親とは違う反応をすることに興味を持ち、親子の間でのみ通用
するやり取りから脱皮し、社会化された一般的social skillを学習します.私は、こ
の時期、同年輩の子どもと遊ぶより大人との経験を積み重ねるのが良く、それがうま
く行くと、歳上の子供と遊ぶのが良いと思います.親はこの時子どもの通訳として、
他の人と自分の子どもがうまくやり取りができるように親は通訳をします.家庭では
、父親、祖父母、叔父叔母等に協力を求め、一緒に遊んで貰いSocial skillの社会化
を目指すのです.誰にでも理解できるコミュニケーション法を身につけることが課題
なのです.親は恥ずかしさを感じ不安定になりますが、援助者は子どもの将来の為に
、幼稚園に保育所に行って子どもが困らない様にする第一歩だと親を説得する必要が
あります.social skillの教育は親にはできないことを心に留めておかなければなり
ません.

<事例6> Mちゃんは、4才でした.お母さんは「この子は家の近くの大きなスー
パーでは、ちゃんと私の後をついてくるし、玩具売場でもダダをこねて地面に寝ころ
んで要求することはもう無かったのに、この前、三越に行ったら、鉄砲玉になって、
迷子になりました.まだ、ダメなんでしょうね、当分行かないことにしました」とい
われました.私は、毎日三越に行くことを提案しました.1カ月程で、三越の玩具売
場でパニックを起こすことはなくなりました.親は安心して今度はそごうに連れてい
きました.そうするとまた彼は鉄砲玉で、玩具売場でパニックを起こしました.しか
し、親は気にせず、また、1カ月毎日連れていくと大人しくなったのです.そして、
地下鉄に乗ることに興味を示し、切符を買うことにも興味を示したのでした.興味を
広げることは非常に大事なことです.

「他人に迷惑がかかる、社会はこの子を受け入れてくれない」という親の思いこみと
引け目が家の外へ進出することを妨害します.しかし、勇気を持って飛び出した親達
は障害児とまじめにつき合ってくれる他人を発見したことに感動し、子育てに積極的
になるものです.

<事例7> Nさんは3才の言語遅滞の子どもを持っています.ある日、彼女は骨を
折って整骨院に毎日通うことになりました.治療の間、会計のおねえさんが子どもと
遊んでくれたのです.1カ月の治療期間中に子どもは外出を楽しみにするようになり
、大人しくバスに乗れるようになったのです.母親は外に出かけることがおっくうで
なくなり、母親の友達の家にもいけるほど母親の引け目がなくなったのです.そうす
ると2人だけで家にいるよりも親は話す量が増大します.そして、言葉かけも増え、
ついに発語が出現したのです.

 「外に出てみれば、この子の親であることを忘れて動けること」に親は感動し、ま
た、気が晴れて子どもに優しくなれる、子どもの次の発達課題が多く見つかりやる気
が出てくるし、他人がこの子の養育を手伝ってくれる状況を作ろうと必死になれるも
のです.

(11) 見通しを立てよう(長期見通し、短期見通し)
 
この様にして、子どもに対する愛着が成立し、「この子と一緒に生きる」と決心し
た段階で私は、幼稚園・学校に行ける様にするにはどんな準備をしなければならない
か」を親と一緒に考え始めます.「困ったときに先生にhelpが言えること」「先生の
指示に従えること、椅子にすわっておれること」「一人で飛び出しても先生の見える
範囲内に居れること」など子どもの状態に合わせて具体的な提案をするのです.加え
て、「この子が、現実的に、幸せに生きるとはどういうことか」なども考え始めます
.長期見通しと短期(1年、3カ月、1週間)見通しを立てるように促すのです.そ
して、親がめげないでこれらのことを考えることができるには、「毎日が楽しい」と
「困難を乗り越えてこそ幸せはある」の両立をめざし、悪あがきであっても挑戦し続
ける勇気を持つことです.
 以上、親子の愛着形成を主題にして、4歳までの経過を追ってみました.愛着形成
を主題に選んだのは、B型(安全secure)ばかりでなく、A型(回避非安全、avoidan
t/insecure)もC型(葛藤・抵抗、ambivalent/resistant)もスタイルは違えていても
愛着は成立していること、子どもは親(愛着対象)と一緒にいることが幸せだと主張
していることを重要視したいからです.このことは虐待を受けている子どもにおいて
も真実であります.障害児は社会の中で生き続ける為には愛着対象の多大な援助を必
ず必要とするものだからです.


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