障害児を授かった親がショックから立ち直り、親子がお互いに人生を楽しんで生きていくためにはどうしたらよいのか、周囲の人々はどのように援助したらよいのかを、実際の事例をもとに書かれた論文です。
1.親子関係の改善のための基本的視点
妊娠が分かった時から人は親になるための努力を始めます.通常は、自分に似た子
供が生まれ、親が考える理想的な人生を歩む姿をあれこれ想像し、その実現のための
どんな努力もいとわないと決心します.妊娠初期には理想の赤ちゃん表象を作り上げ
、後期には「5体が満足だったらそれで十分」と少し弱気になって出産を待ちます.
いづれにしても誕生までには、想像上の子ども表象は一貫性と精緻な構造を持つよう
になります.人は、自分の作った子ども表象を当然の前提として、行動し、出産後の
予定をあれこれ考えるものです.
<事例1> Mさんは、夫が医者なので男の子を願い妊娠しました.そして出産直
後、障害告知を受けたとき、「頭の中が真っ白になった、どうしようという言葉だけ
が反響し続けた.私だけがどうしてこんな事に、夫は何と言うだろう、申し訳ない、
この子を育てても甲斐が無い、思い描いてきた夢は破れた、この子の将来はどうなる
のだろう、私の仕事も辞めなければ、でも辞めたくない、私の人生はどうなるのだろ
う」等が心の中を駆けめぐったと報告します.そして数カ月、鬱状態に陥ったそうで
す.
ガン告知と同じく、初めは否定し、次に逃れようもないと絶望し、現実を認めるこ
とに抵抗しながらも、遂には受け入れという経過をたどります.援助者は当面なす術
がありません、ただ共感的につき添うしかないものです.この「つき添うこと」が非
常に重要です.一緒に悩み、一緒に解決をめざすという姿勢で、援助者が一緒に居る
ことが、人を落ちつかせるのです.残念ながら日本においては、障害告知と同時に援
助者が動き出す支援システムは十分には成立していません.それゆえ、親はある程度
の整理と心の落ちつきを得てから、援助者の前に現れます.相談にあたって援助者は
親がどのように整理をつけたのかを考慮しながら相談を受けることが重要です.
一般的に言うと、障害児を持った悩みは(1)自分自身の悩み、つまりこれまで自
分が築いてきたアイデンティティ(自己有能感・自己信頼)が崩壊する恐怖(2)親
としての悩み、子どもに幸せが望めない、どうすれば良いのだろうという不安に分類
できます.またそれらは個人としての悩みにとどまらないで、社会的、(家族親族、
地域、仕事社会など)空間的な広がりと人生の過去・現在・未来という時間的な広が
りを持っています.
この複合体としての悩みを解きほぐし、過剰な思いこみのみを取ることから親援助
を始めます.「この子のためにできるだけのことをしよう」を指針としてまず養育に
とりかかる方が良いのですが、「親自身の悩みをまず先に解決してから」という方略
を最初に採用する親がいます.この方略は月齢6カ月以内に解決できれば問題は無い
のですが、子どもは解決まで待ってくれません.子どもは養育・介護が無ければ生き
ていけない存在なのですから.
.他の一般的な人生上の悩みと同じく、この悩みは形は変えながら一生続くものであ
り、かつ他者・社会との関係で生じているものですから、短期間に解決しようと考え
ても不可能なのです.結局、イライラや攻撃ばかりが生じ鬱にもなります.
障害告知されたとき、親子心中を考えたことは誰でも一度はあるものです.この考
えを断ち切り、生きようと思えるようになる為には何が必要なのでしょうか? 人が
未来を自明なこととして考えられるのは自己の生命の永遠性を、自己の一貫性を信じ
られるからであります。自分が生きてきた過去を「これしかなかった、これで良かっ
た」と、夫との結婚もこの子の誕生も含めて全てを肯定した時、悩みを見据えながら
未来を考え始めるのであります。まず最初に「こんなことで自分の人生がダメになる
とは思えない」と子どものより良き未来のために挑戦し続けることが重要なのです.
養育に必死になり子どもの幸せを考え続ける方がそして子どものために必死になる方
が、家族と社会からの非難と自分の人生と生活の崩壊に怯えながら自分のことを考え
るより良いといえます.ナルシズム(自己愛)は袋小路ですが、利他・愛他主義は幸
せを呼ぶのであります. また、自己(性格)改造のみで、悩みを改善しようとする
ことは不安を拡大させますが、他者の為に、子どものために悩みを取り去ろうとする
努力は不安をしずめるものです.親が人生をハッピーと思わなければ、子どもはハッ
ピーになれないものです.2人は同じ舟にのっているのですから.
この時期の援助は母親が養育に専念できる支援体制を作ることが目標となります.
夫の支援(一緒に悩み、家族の防波堤)が得られることがベストです.祖父母・兄弟
・ボランティアの養育援助も求め、母親が自由になれる時間、考えることができる時
間を少しでも作ること、また引け目を感じて家に閉じこもっていないで、種々の人と
の出会いを大切と思える心根が維持される援助が必要です.また、援助者は社会に開
かれた養育環境を維持するためのあらゆる援助を考えることも大事です.子どもは社
会の中で普通に生きることができるようにするのが養育なのですから.