ミユ@アストロの横顔
◆1971年生、北海道生まれ。北海道在住。◆生後まもなく泣くとチアノーゼがみられ、大学病院でファロー四徴症極型と診断される
◆当時ほとんど情報を得ることが出来なかったため、母が「心臓病の子どもを守る会」に入会
◆1973年、左鎖骨下動脈を使ったブレロックシャント手術をする
◆小学校入学は就学猶予になりそうなところを、すんでのところで回避し同学年に遅れずに入学
◆1982年、東京の大学病院で根治手術を目指したが、結局、人工血管を使った右ブレロックシャント手術をする
◆2回の術後でも運動は全く出来ず、階段の昇りもゆっくり3階までがやっとという体力だったが、辛うじて学校は順調に進学する
◆大学までは地元の学校に通い、1995年、上越教育大学(新潟県)大学院障害児教育講座を修了しフリーターとなる(^-^;
◆1996年頃からインターネットサーフィンを始め、1997年に初めて自分のホームページを開設
◆1998年、仲間を求めてアストロハーツが宇宙に飛び立つ(=このホームページを開設しました)
◆20代半ばで体力が更に落ちていることを実感
◆1999年、17年ぶりにカテーテル検査を受け根治手術を勧められる◇根治手術をするか否か悩みながら、2001年、多血症予防のため、抗血しょう板剤を毎日服用することになる◇薬があわず別の薬も試すがダメ◇多血症になりかけているのと貧血の間を行ったりきたり
◆2004年、再びカテーテル検査を受け周りの全ての医師から根治手術を勧められ、ようやく決心
◆2004年6月、札幌市内の私立総合病院で生体弁を使ったラステリ手術を受ける
◆同年8月、術後の薬で肝機能障害が出て再入院
◆守る会の内部組織「北海道心臓病者友の会(心友会)」に入ってます
◆仕事:いろいろなアルバイトを経て、私立大学のカウンセリングを行う機関で週4日の臨時職員を2年半続けたが手術を含めて病気と向きあおうと離職。その後自宅でHP作成などの僅かばかりのお小遣い稼ぎをし、手術を迎える。HP作成やメルマガに一言書くバイトなどを続けながら術後10ヶ月で、大学の臨時職に復職。
◆2012年、生まれながらの病気と共に成長してきた人の生きてきた様子について勉強したいと思い立ち、20年ぶりに学生に戻り卒業して人生2度目の大学院へ進学
◆2018年、主治医の離職で大学病院を紹介され主治病院が代わる
◆臨床心理士、公認心理師の資格を取得
◆2019年離職し、大学病院で4度目となる手術。前回とりつけた肺動脈と弁を取り替えました
◆2020年現在、前職場に復職。非常勤の心理士をしています。
◆趣味:映画を観ることと音楽を聴くこと(洋楽中心に何でも)とネットサーフィンと、いろんな人とのおしゃべりと、なにかとモノを収集すること。『水曜どうでしょう』とともに生きています。
◆将来の夢:心臓病の人やそうでない人たちの、それぞれの自宅で仕事ができる、ネットワークを利用した工房のような職場を作って、日々爆笑しながら仕事すること。東に病気の子がいたら気持ちで看病してやり、西に疲れた母がいたら気持ちでその稲の束を負うような、そしていつもお気楽な余生を過ごすこと。
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2006年から:Mixi内でもアストロハーツ・プロジェクトのコミュニティできました。
2011年から:facebookで。
2歳くらい私。冬、雪原で読書している。
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